Excelで見る経済性工学 ―「固定費」や「1つあたりの利益」を考慮しない理由―

 記事の内容に入る前にまずお断りなのですが、今回のテーマは「経済性工学」であり、このブログで本来扱っている対象テーマとは異なります。しかし、他に書く先がないのと、記事の中でExcelを使ってるという、ただそれだけの理由でこのブログの記事にいたしますので、何卒ご容赦下さいませ。

経済性工学とは

 経済性工学とは、文字通り経済を扱う工学であり、平たく言うと、理系的手法で経済の問題を解決しましょうという、そういう学問分野です。特に、2つ以上の経済活動に対して、どちらが「経済的に有利か」という判断をするために用いる工学として有名で、企業のあらゆる場面でこの判断をしていることから、取締役員や経理部所属の社員だけでなく、外回りをする営業マンや工場で働く作業員を含めた全ての社員に求められるスキルとなりつつあります。なので、日本の企業の中ではいたるところで経済性工学の勉強会なるものが開かれているのですが、どうも皆さんスッキリしない、なんだかモヤモヤした気分で教室を後にしている人が多そうで仕方がない。
 それは何故か?それは、勉強会の多くが一方通行の講義形式であり、演習問題の解説も一方的な形になってしまっているためであると私は考えます。「経済性工学ではこのように考えるんです。私達が普段考える発想とは違いますが、これが経済性工学なのです。」と。すると、受講者は、「経済性工学は普段の発想とは異なる、よく理解できない学問」「現場の我々の発想と異なる、大学の先生や取締役員達だけがわかっていればいいもの」「我々の普段の仕事には全く役に立たないもの」となってしまうわけです。先生役の人の理解が浅いと、この傾向は一層顕著になります。
 そこで、この記事では、そんなモヤモヤを解消する手助けをしようと、良く経済性工学の比較の原則で演習問題として取り上げられる、そば屋の問題の重要ポイントを対象に、私なりの解説をしてみようと思います。

暇なそば屋の問題

 この問題は、経済性工学の重鎮である千住鎮雄の著書『経済性工学の基礎―意思決定のための経済性分析』で紹介されている問題ですが、私が大学で学んだ時のものとは若干数値が異なるのは、きっと旧版のものだからなのでしょう。今でも教育現場ではこちらの旧版の数値の方を使う方が多いっぽいので、そちらで記事を書かせて頂きます。

問題

 「もり」だけを作っている小さなそば屋がある。月給10万円の従業員を1人使っている(能力給ではない)。
 「もり」の売値は1個300円、材料費および個数に比例する加工費は1個当たり100円で、その他に売上げ数量によって変わらない固定的な諸経費(家賃、設備の減価償却費、その他)が毎月12万円かかる。
 また、客におしぼりを出すが、そのコスト(おしぼり会社へのレンタル料、使用数量に応じて支払い)は1本15円につく。
 「もり」の売上げ個数は毎月2,000個でほぼ安定している。先月は売上個数が偶然にも丁度2,000個だったので、月当たりの利益を計算すると上の表のようになった。

 問題の前提条件は以上の通りである。表の1行目が収益、2行目と3行目は売上個数によって変動するので変動費、4行目と5行目は売上個数にかかわらず一定なので固定費である。
 問題文は次の様に続く:

 ここで、費用や利益を1個当たりに直してみると、右のような表になる。このそば屋は客があまり多くないので、生産時間にはかなり余裕がある。
 売れたのが2000個、利益は15万だったのだから、1個あたりの利益に直すと75円である、というのは何も不思議のない話である。問題文中の「生産時間にはかなり余裕がある」というのは、「手余り状態である」という意味であるが、この意味については、「あまりに客が少ないので、調理にミスがあっても客を待たせてOKだよ」というくらいの意味で捉えておいて構わない。今回のテーマでは特に意識しなくてもいいので、これ以上の説明はここではしません。
 以上のように書かれた後で、ようやく問いが出てくる。本来は7, 8問くらいあるのだが、ここでは全ては紹介せず、重要な問題の中から多くの人が勘違いするものを3題選定した。しかし、解答の出し方自体は詳しく解説しない。正答を示した上で、さらっと流す。

問1.

 客がおしぼりを使っているときに、こわい犬が出てきたので、客はあわてて出て行ってしまった。そばはまだ着手していない。この犬のためにそば屋はいくら損をしたか。

答1.

 200円。本来貰えるはずだった収益300円を損したが、本来使うはずだった材料費等100円を浮かすことが出来たから。(問題文の「そばはまだ着手していない」とは、「このお客さんのためのそばはまだ作り始めていない」ということだと思われます。)

問2.

 問1.において、もしそばを作ってしまったあとで、犬が入ってきて客に変えられてしまったとすると、この犬のための損失はいくらにつくか。イ)他の客に回せる場合、ロ)他の客に回せず捨てるしかない場合、それぞれに答えよ。

答2.

 イ)200円、ロ)300円。イ)では、そばはもう作ってしまったが、その分を次の客に回せるので、結果的に材料費等は1つ分浮いた。本来貰えるはずだった収益300円を逃したので、結局答えは問1.と同じ200円の損。ロ)では、そばは捨て、次の客には新たにそばを作るしかないので、材料費は浮いていない。100円かけて作ったそばを、客に食わせるか、ゴミ箱に食わせるかの違いでしかないからだ。しかし、客に食わせれば300円貰えるが、ゴミ箱に食わせても1円も貰えない。なので、この場合は300円の損となる。

問3.

 客から500円玉を受け取ったので、200円つりを渡したが、あとでそれがニセだと判明した。その客が入ってきたためにいくら損をしたか。

答3.

 315円。この客には、そばの材料費100円と、おしぼり15円と、価値の無いニセ金と交換で200円を渡してしまった。これらの合計315円がこの場合の損である。(この考えの場合は、本来の客の他に、このニセ金の客が1人追加で入ってきたということらしい。これが、ちゃんとした支払いをしてくれる客の代わりにこの客が入ってきたという設定になると、話が変わってくる。正直、この見分けは問題文からでは判断できないので、後者の場合の答えの500円も明らかに間違いだとは言えない。回答者がどう考えてその答えを出したのか、そこを聞かなければならない)

固定費や1つあたりの利益は計算には使わない

 さて、この3問の答えの出し方を見ると、いずれでも問題文中にある数値以外では、1つあたりの売値300円、材料費100円、おしぼり代15円の3つの数字しか使っていない。人件費や固定経費を配賦した値や、1つあたりの利益は1度も出て来なかった。
 恐らく多くの人は、これらの数字を用いて計算しただろう。そして、先生から答えを告げられ、それに質問してみるも、「経済性工学ではこう考えるんです」で終わってしまう。「この問題では、固定費や利益は使ってはいけないのです」と、まるでモーゼの十戒のように言われてしまう。かくして、受講者は腑に落ちないまま、教室を後にするのであった。

経済性工学を使わない答えの出し方をしてみよう

 さて、このモヤモヤを解決するにあたり、まずは、上に示された答えが経済性工学の観点からは正しいのだということを示したい。だが、その前に確認しておきたいことが2つある。1つは、「経済的に有利」とはどういう意味なのかということ、もう1つは、「比較の原則」を守っているかということだ。

経済的に有利

 「経済的に有利」とは、ズバリ率直に「お金が儲かる」ということだ。もう少し言うと、「どちらが経済的に有利か」という問いは、「どちらが最終的に手元に残るお金が多いですか」ということに他ならない。多くの場合、経済性工学で問われている問いはこれなので、常に「どちらが最終的に手元に残るお金が多いか」を考えていればよい。つまるところ、この問いを問われている間は、これだけを考えていれば良くて、これ以外のことは考えてはいけないのだ。

比較の原則

 「比較の原則」は、経済性工学では基本中の基本だし、恐らく経済性工学の講習を受けているのなら、この説明はあったと思う。しかし、この比較の原則を守ると、普段の生活の中で我々が「得した」と思うことが、場合によっては損とみなされることになるということは、意外と忘れ去れれていることが多い。勿論その逆もあり、日常の感覚では「損した」と思うことが、この比較の原則を守る限り、実は得であるという答えが導かれることがあるのだ。
 このことを説明する際に、良く使われる例が「万馬券」の話だ。「1000円で買った馬券が当たり、5000円手に入った」という事象に対して、多くの人は「得した」と判断するが、この話を「損した」と判断する人がいてもおかしくない。普段馬券を買わない人からすれば、買値以上の利益が出たのだから、これは得である。なぜなら、馬券を買わずに何もしなかった時よりも、多くの利益を得たからだ。しかし、普段から馬券を買っており、平均的には1000円の馬券に対して1万円の利益を上げている人からすれば、5000円「しか」利益を上げられなかったのだから、これは損である。この人は、比較の対象が、普段馬券を買わない人とは違うのである。ではどちらが経済性工学の観点から正しいのかと問われれば、これは「どちらも正しい」ということになる。経済性工学の問いに答えるときは、どの事象とどの事象を比較しているのか、そのことを意識しなければならない。

Excelで計算してみよう

 さて、やっとメインに入って来ました。先ほどの3問の答えが経済性工学の観点から正解であるということを、経済性工学の手法を使わないで示してみようと思います。使うのは、みんな大好き(?)Excelです。表計算ソフトでしたらなんでもいいので、Numbersでも、Calcでも、Google Driveスプレッドシートでも大丈夫ですよ。

 上の図がそれです。要は、全部計算してみようという試みなわけです。でも流石に2000人分の計算は大変ですし、そんなに列数がないので、最初の10人の客のみ個別に扱い、あとの1990人はまとめています。例えばセルM3には
   =300*1990
と直打ちしてあります。セルO3からO5にかけては、客、そば、おしぼりの数をそれぞれカウントしています。これも直打ちでもいいのですが、後々のことを考えて、それぞれのセルには以下の様な数式が入力されています。
   =1990+COUNTIF(C3:L3,300)
   =1990+COUNTIF(C4:L4,100)
   =1990+COUNTIF(C5:L5,15)
セルP3からP5は、これらの数に1人あたりの収益や変動費を掛け算しています。例えばセルP3には
   =300*O3
というようにです。そして、セルR5には粗利益が
   =P3-P4-P5
で計算されています。
 セルP7およびP8には人件費と固定経費がそれぞれ直打ちされています。セルR8にはその合計が計算されています。そして、セルR10には全体の利益が
   =R5-R8
で示されています。
 セルC7からM10には、先ほど入力された人件費と固定経費、そして計算した利益を基に、1つ当たりの固定費及び利益を算出しています。ただし、この後の操作のために、ちょっとだけIF文で細工をしてあります。例えば、セルC7、C8、M10にはそれぞれ
   =IF(C$3="","-",$P7/$O$3)
   =IF(C$3="","-",$P8/$O$3)
   =IF(M$3="","-",$R$10/$O$3*1990)
という数式が入力されています。

では、シートが完成した所で、早速3つの問いの答えを確かめてみましょう。

問1.

 客がおしぼりを使っているときに、こわい犬が出てきたので、客はあわてて出て行ってしまった。そばはまだ着手していない。この犬のためにそば屋はいくら損をしたか。

答1.

 本来貰えるはずだった収益300円がなくなり、一方で、本来使うはずだった材料費等100円もなくなったわけです。例えば、客3の列の売値と材料費・比例加工費の部分を消してみます。すると、シートは以下のようになります。

利益は150000円から149800円となり、200円の減益となりました。

問2.

 問1.において、もしそばを作ってしまったあとで、犬が入ってきて客に変えられてしまったとすると、この犬のための損失はいくらにつくか。イ)他の客に回せる場合、ロ)他の客に回せず捨てるしかない場合、それぞれに答えよ。

答2.

 イ)及びロ)の時のシートはそれぞれ以下のようになる。


イ)では客3のために使った材料費を客4のために使えるので、客4の材料費・比例加工費の部分が消えます。ロ)ではそうは行かないので、この部分は消えません。それぞれの答えは、200円、300円の損となっていることが確かめられます。

問3.

 客から500円玉を受け取ったので、200円つりを渡したが、あとでそれがニセだと判明した。その客が入ってきたためにいくら損をしたか。

答3.

 答えは以下のシートを見て分かる通り、315円の減収となっています。2001人目の客を入れるために、ちょっとシートに加工を施しています。セルQ3からQ5にかけて、それぞれセルN3からN5の値を足しています。セルN3の中身は、
   =0-200
と入力していますが、これは、本来は500-200となるところを、500円がニセ金であるために0-200となったことを意味しています。

セルの参照関係を見てみる。

 漸く佳境に入って来ました。ここで、本記事の副題にある、「固定費」や「1つあたりの利益」を考慮しない理由を示します。これを示すにあたり、Excelの「ツール」にある「ワークシート分析」を使います。この「ワークシート分析」とは、指定したセルに入力されている数式の参照元のセル、及び、そのセルを参照している数式が入力されている参照先のセルを矢印で示すことで、シート上のセルの参照関係を表示するツールです。矢印の根本が参照元、先端が参照先ですね。

 エラー値判定など、本質的でない仕組みのための参照矢印は敢えて表示していませんが、それ以外の参照矢印は全て表示しています。これを見ると、経済性工学の観点からは、売値や加工費、おしぼり代と、1つあたりの人件費、固定経費、利益を同じように扱ってはいけないことがわかるかと思います。前者の変動費たちは、売れた個数に関係なく決まっている数値であり、後者の1つあたりの固定費及び利益は、売れた個数が決まらないと決定しない数値であるという違いがあるのです。端的に言えば、「決算前にわかっている数字」と「決算後にわかる数字」は経済性工学では同じように扱ってはならない、具体的には、2種類の数字を足したり引いたりしてはいけないのです。
 もう少し具体的な例でお話しましょう。先ほどの3つの問題の答えを出す中で、1つあたりの固定費や利益を使って計算してしまうとどんな問題が起こるか。1つあたりの人件費50円や、1つあたりの固定経費60円、1つあたりの利益75円は、今月の売上が2000個だった時の数字であります。したがって、例えば問1.ではお客さんが1人減って1999個しか売れなかったわけですが、これでも1つあたりの人件費や固定経費、利益は先ほどと変わらないままでしょうか?

 上のシートは、問1.の答えを示した時と全く同じものですが、唯一違うのが、1つあたりの人件費、固定経費及び利益を小数第2位まで表示しているという点です。よく見ると、1つあたりの人件費は50.03円に、1つあたりの固定経費は60.03円に、1つあたりの利益は74.94円に、それぞれ変化していますね。売上個数が減ったわけですから、その分、1つあたりの固定費の負担が増え、1つあたりの利益が減ったわけです。一方で、小数点の表示はしていませんが、売値や加工費、おしぼり代は直打ちの数値ですから、変わりっこないのは承知いただけると思います。
 1つあたりの固定費というのは、あくまで決算後に何個売れたのかが判った時に、初めて決まる数値なのです。経済性工学はなんのための学問かといえば、最初に述べたとおり、『2つ以上の経済活動に対して、どちらが「経済的に有利か」という判断をするために用いる工学』ですから、未来のことを扱う学問です。過去のことを解釈するために経済性工学を用いてはいけません。過去のことを解釈するために用いる学問は、会計学です。お金の計算方法はひとつではありません。計算する人の目的にあった方法を取らないと、結果に対する判断を誤ることになります。

1つあたりの固定費や利益の意味

 さて、以上でこの記事のメインテーマは終了したわけですが、最後におまけとして、経済性工学で使ってはいけない「1つあたりの固定費」や「1つあたりの利益」と言った数値は一体何なのかという問いに対する、私なりの解答を示して終わりにしたいと思います。
 答えから言いましょう。これらの数値は「どれだけ効率的に儲けられたか」を示す指標のひとつです。例えば、もりそばを2000個売って15万円儲けた店と、3000個売って18万儲けた店は、どちらの方が効率的に儲けられたのでしょうか?ここで言う「効率的」とは、商品の売値に占める原価を小さくし、商品1つあたりの儲けをいかに大きくすることができたかを意味しています。両者とも、売上個数も全体利益も違うので、このままでは比較ができません。そこで、全体利益を売上個数で割って、1つあたりの利益を示し、これを比較することで、どちらが効率的に儲けられたかを比べることができます。1つあたりの利益は、前者は75円、後者は60円ですから、前者の方が効率的に儲けたことになります。しかし、経済性工学の問題で我々は何て問われていますか?「経済的に有利なのはどちらか」と問われているはずです。この言葉はどういう意味だったかといえば、「どちらが最終的に手元に残るお金が多いか」でした。2000個売って15万円儲けた店の方が、確かに3000個売って18万儲けた店より効率的に儲けました。しかし、最終的に手元に残るお金が多いのは、勿論、18万儲けた店の方ですよね。「経済的に有利」と「効率的に利益を得る」は必ずしも両立しない、このことを押さえておくだけでも、経済活動の判断を誤らずに済むでしょう。
 楽して稼ぐ10万円と、汗水流して稼ぐ15万円は、経済性工学の観点からは後者の方が良いと判断されるわけです。何故なら経済性工学はただひとつの指標「経済的に有利なのはどちらか」しか見ていないからで、おもいっきり資本主義の指標なわけです。世の中に万能の指標はない。そのことをも、経済性工学は教えてくれます。